「おはようございますー、本日の最初のお客様〜」
「……おはようございます」

 見上げるは、森にそびえ立つ古遺跡。
 眼前にあるのは、『イグノア古遺跡料金所』。

 結局、せっかくもらった休みを使って、レイは惨劇の舞台へやって来た。
 ただ、惨劇の場と呼ぶには少々明るすぎる。

「入場料は110Mとなっております〜」

(……高い)

 内心、設定された料金の高さに文句を言いつつ、レイは巾着からお金を取り
出した。

「はい、ありがとうございます。こちら、簡易紹介書となっておりますので、
ご利用ください〜」
「……はい」

 受付のお姉さんの妙に高くかつ間延びしたテンションに疲れを感じながら、
レイは紹介書を受け取った。

「ではいってらっしゃいませ〜」


 紹介書は語る。


   【『イグノア古遺跡』は、古き魔法時代に建立された、古遺跡で
    ある。
    建立の理由等を語る資料は発掘されておらず、その起源や詳細
    な建立年代は未だ解明されていない。
     本国での発掘作業は全て終了しており、研究に差し支えない
    範囲で一般公開される運びとなった。
     範囲が限定されているとはいえ、古遺跡が公開されているの
    は世界でも数箇所であり、イグノア古遺跡はその中でも最古と
    されている。
                          〜(後略) 】









              ○ 理屈屋の魔術書 ○

02-01










 本来なら暗いであろう回廊は、等間隔に設置された照明で柔らかな光に包ま
れている。

(売ったらいくらくらいかな)

 ほぼ天井に設置された照明を見上げて、レイは独り言を心中で呟いた。

 遺跡を破壊しないように設置された照明は、簡単な魔道具だ。
 要となる石が、光を放つように設計されているらしい。大きな街では、街灯
にも利用されている。

(まあ、盗んだところですぐ足が付くけど)

 魔道具には、全て番号が刻み込まれ、不法入手の防止に役立っている。

 そこで照明から目を離すと、レイは目を細めて周りを見回した。

「……分からん」

 悪夢では、闇に覆われていて周囲の状況など分からなかった。
 仕方なく、レイはため息をつきながら歩みを進めた。




 カツン、カツンと、革靴が石畳の床を鳴らす。

「――寒い」

 奥へ進むにしたがって、空気が冷えていくのを感じる。

「……あれ?」

 両腕を抱きながら歩くレイの視界に、暗闇が飛び込んできた。
 以前来たときは全く気づかなかったが、回廊の一角に、甲冑でも置くような
空間があった。

(これ……)

 そっと、その一角に腰を降ろした。

「……う……」

 吐き気が、こみ上げた。
 この場所は、記憶にある。

 悪夢の始まりで、殺人者が潜んでいた場所。
 
 様子を伺った時に手をついた壁の感触。隆起の形。
 全てが、記憶と合致する。

 照明の切れ間にあるこの空間は、まともに歩いていては気づかない。まして、
照明もない暗闇の中で、この空間に気づく者などいないだろう。

 限界というように、レイは小さな空間を飛び出した。


「はぁ、はぁ……っ」


 壁に手を当てて、息をつく。
 まだ蘇る、あの感触。悪夢と言う以外に表現の仕様が無い。

(でも、これで確信した)

 悪夢の場所は、この遺跡だ。


 十分気を落ち着けてから、レイは体を起こした。

「行くしか、ないか」

 こんな気分でこの先過ごすなどありえない。
 あの悪夢がただの夢である確認をしなければ、レイはあの悪夢の重さから逃
れられないのだ。

 足を、踏み出した。


 わざと足取りを軽くして、前へ前へと急いだ。





 回廊の幅が広がり、豪奢な柱が姿を現した。
 壁に埋め込まれるように立っていた物から、くっきりと全体像を浮かび上が
らせる配置へ。

 そしてひときわ大きな、一対の柱が移る。

 レイは、わざと左端の柱の陰に隠れた。


(ここ、だ)


 悪夢の殺人者が、機を伺っていた、柱。
 手に伝わる柱の細工が、鮮明に記憶を辿らせた。

 息をのみ、唾を飲み込む。

 柱から先の広間を見据える。
 記憶にある景色をしっかりと脳裏に焼きつけ、進むべき角度を見出した。


 柱を通り過ぎれば、そこは天井の高い広間だった。

 より豪奢に細工された柱、目的の分からぬ台座、それらを過ぎて、壁に当た
る。
 特徴的なものなど何も無いその壁の手前で、レイは立ち止まった。

 しびれたように、体が動かない。
 深呼吸を何度も繰返して、どうにか身体の感覚を取り戻した。

「大丈夫、大丈夫」

 言い聞かせるように呟いて、一歩下がる。
 そっと、足元を見た。


「…………………………………………」


 そこには、何も無かった。

「……………………」

 ただ、レイは注視していたが、空気が抜けたようにその場にしゃがみこむ。

「なーんだ……」

 悪夢は、やはりただの夢だったのだ。

(本気にして、馬鹿みたい)

 急に、笑いがこみ上げてきた。

「やだなーもう! そうだと思ったよ!」

 ぺちぺちと、床を叩く。もう、怖いものはない。
 急浮上した心とともに、レイのテンションは最高潮だった。

「昔見た遺跡をベースに、怖い夢見ただけじゃない!」

 弾むように、左右を見回した。

「こうして見ると結構立派だなあ」

 古い遺跡を見るのは、割と好きだった。
 そのまま帰るかと思った後、ふいに思い出した。

(そういえば、あの二人、何でこの遺跡に来たんだろう)

 夢だ妄想だと理解はしたが、気になるものは気になった。
 夢の記憶を、手繰って見る。

「確か、この壁のところで……」

 殺人者(旧)が魔道具を使って見ていた光景を自分の指先に重ねた。
 記憶では、目の前の壁に、指で字を書いていた。
 レイにとって馴染み深かったので、不思議と覚えている。

「うちのお店の、熊のお腹に書いてある文字と一緒」

 すすすっと、軽い指先で文字を描いた。



 その瞬間。



「!!」

 重い岩のずれる音が響き、目の前の壁が置くにずれた。
 続いて、その壁を中心とした周囲の壁が、うごめくように動き始めた。

「え、えええ!?」

 レイは思わず後ずさったが、その場で成り行きを見守った。頭を疑問符で覆
いつくしながら。






 


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