この世で起こる事には、全て何かしらの理由があると思う。
 雨が降るのも、地震が起きるのも、物が割れるのも、人が怒るのも、悲しいの
も全て。
 ――それが、レイの主張だった。

 つまりは、雨が降ったために床が濡れ滑った拍子に手をついた場所が陳列棚で、
どうにか商品をよけたのはいいものの地震で再度体勢を崩し今度こそ商品を床に
ぶちまけて割った、それを目撃した店長が激怒して怒られて何だか悲しいのも、
理由があるわけだ。
 それはそのまま、レイの現状に当たる。

「まったく……気をつけなさいよ!」
「はい、すみませんでした」

 身体を揺らして怒る店長に、レイは頭を下げた。
 内心、(棚の端ぎりぎりに展示してる方が悪いんだ)と悪態をついてはいたが。

「ちゃんと片付けて置くようにね!」
「はい」

 店の奥――居住スペースに消えた店長を見送って、レイは早速箒を持って掃除
を始めた。
 此処、骨董屋『金の箒』には、有用とも無用とも言えない品々が沢山陳列され
ている。それこそ、正体不明の液体が入った小瓶や、中身が半分ない本、七色に
輝く羽など、この店において疑問の挟む余地がない品は、一つとしてない。
 骨董とうたってはいても、本性はただの雑貨屋だ。

「……こんなもん集めて、何が楽しいんだか」

 ため息をついて、レイは割れた品々を集めた。
 割れた品々――二輪ざしに、陶器の熊を、カウンターの上に置く。
 この店で働くレイの主な業務は二つ。
 店番と、“商品の相手をすること”だ。

「あ、こら、動くな」

 割れた欠片が、カウンターのあちこちに散開する。
 この店の商品は、大別するなら二種類。
 常識的なモノと、非常識なモノ。
 割れた陶器の熊は、後者に入る。
 割れる前は手のひらサイズの可愛い表情をした熊だったのだが、こいつは……
笑うのだ。陶器なのに、表情が変わり、たまに動く。
 店長が仕入れてきた翌日、レイはそれを見て卒倒した。
 この店には、そんな“非常識”なモノが山ほどある。

 既に働いて2年が経ってしまえば、慣れたものだ。
 材質の分からない粘着剤でくっつけて、修繕は終了。

「今日は動かないこと。じゃないと床と融合するからね」

 修繕の終わった熊が、頷くように瞬きした。

 そして、レイはカウンターに座って本を読み始める。
 それが、彼女の日常。










              ○ 理屈屋の魔術書 ○

01-01









 カラン……


 控えめに、店の扉が開いた。

「いらっしゃいませ」

 本から目を上げて、レイは客を出迎えた。
 フードを目深に被った人物が、カウンターの前に立っていた。

「何でも買取ってくれるというのは?」

 男女とも判別しがたい声が、レイに尋ねた。

「おおよそのもの……であれば、買取らせて頂きます。当店の買取ルールは一つ。
“他店で買取らないもの”でございます」

 店長に言い渡されている、常套句を口にした。
 明らかに怪しい客だったが、店の性質から考えて、来店する客にまともさを要
求する方が間違っている。

「ならば、これを」
「?」

 数々の変――珍品を見てきたレイも、首を傾げずにはいられなかった。
 客が出したのは、小さな透明の小瓶だった。
 瓶には悪魔と天使の彫刻が施され、芸術に詳しくないレイが見ても、価値ある
ものに見えた。
 ただ、中身は何もない。

「恐れ入りますが、お客様……これは……?」

 少し動かすだけで外れそうな蓋がされているあたり、揮発性の気体が入ってい
るわけではなさそうだが。

 客は、息を大きく吸ってから、答えた。




「悪夢だ」




 数秒、固まった後、レイは我にかえって再度尋ねた。

「――と、申しますと?」
「悪夢を引き取ってもらいたい」
「……」

 表情には出さず、レイは思った。

(さすがにこのパターンは初めてだわ……というか、ありえない)

「買取れるのか、できないのか?」
「あ……も、勿論、買取らせて頂きます」

 店長からは、ルールの範囲内であれば、それが何であれ買取れと言われている。
 急かす様に言う客に、レイは応答した。

「ですが、ただ今店長は留守にしておりますので、細かい金額までは――」
「10M」
「へ?」

 プロ根性も忘れて、思わずレイは口を開け放った。

「10Mでいい」

 10Mは、ニンジン1本とほぼ同額。
 この値段では、瓶代にもならないだろう。

「…………かしこまりました。では10Mにて、買取らせて頂きます」

 それでも、店側にとっては悪い話ではない。
 レイは、努めて冷静さを保ちつつ、提案を受け入れた。

 客は、お金を受け取りと、さっさと店を後にした。


 レイは、ここで大きく大きく息をついた。

「何だったんだ……あれ……」

 髪を撫でながら、レイは独り言を呟く。
 目の前には、件の小瓶。

「綺麗……」

 よく見れば見るほど、小瓶の細工は繊細でいて美しい。

「悪魔と天使、か……珍しいな」

 教会支配の強いこの世界において、悪魔と天使を共に描くのは珍しい。それが
芸術であろうとも例外ではない。
 あるとすれば、それは神話に関する場合だけだが、小瓶にそんな壮大なテーマ
があるとも思えない。

「なんか、もやっとするなあ」

 レイは、こういう筋の通らないものが好きではなかった。
 境遇からすれば、それは仕方のないことのなのだが。

 小瓶を手に、様々な角度から検証する。
 明らかに、空き瓶だ。

「……」

 少しだけ、イタズラ心が沸き起こる。

「中……見てもいいかな」

 店長からは、何も言われていない。
 買取ったものを確認しろとも、するなとも言われていないのだ。この場合は、
自由にしていいと受け取っても問題ないだろう。

 そしてレイは、小瓶を手に取った。

「問題ない、問題ない」

 瓶を外して、それだけで終わる。
 そう自己完結して、レイは瓶の蓋に手を当てた。


「よっ」


 かちゃ……そんな微かな音を立てて、蓋は外れた。

「……」

 何も、起きない。

「…………」

 何の、匂いもしない。

「………………」

 何の、音もしない。

「……なーんだ」

 いつの間にか抑えていた呼吸を、元に戻す。

「何も起きな――っ」

 一瞬、レイの視界が大きく歪んだ。

「え……?」

 頭を押さえて、カウンターに寄りかかる。

「めまいなんて、滅多に起こさな――」


 再び、さきほどより大きく視界が歪む。
 視界が、ゆっくりと回転を始める。

「うえ……」

 レイは、口を押さえて机にしがみついた。

 歪みは、ますます大きくなった。

(しまった……無臭の毒ガスとか、考えてなかった……)



 そしてレイの意識は、暗闇に沈む。






 


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