一、旅

 それは特に暑い日で、電車の中がとても涼しかった。
 いつもと違ってなぜかとても空いていて、駆け込み乗車寸前だったのに、珍しく
座ることができた。
 疲れた状態で、心地よくゆれる電車の席に座れれば、眠るのなんて至極当然だ。
(少なくとも私は耐えられる忍耐も気力もない)
 大体は、体に染み付いた習慣によって、自分の駅の直前で起きるものだったのに、
余程疲れていたんだろう、見事に寝過ごした。

「――それが丁度今なワケで……どこ、ここ?」

 乗り過ごしたことに気づいた瞬間、条件反射のごとく電車から降りたんだけど、
本当に見覚えがない。
 私が今立っているのは、古いとかそんな程度を超えた駅。地面はフシギなことに
土でもコンクリートでもない素材で固められた台で、長さは電車二両分ほど。長い
歳月を経てこげ茶色に変色しただろう柱が、同じく古めかしい屋根を支えている。
 平たい話、一段高い地面と屋根、そして地名が書かれただけの看板、それがこの
ちっぽけな駅の全て。
 視線を前に移せば、霧の中から微かに顔出す、とても古そうな鳥居が見えた。
大きな鳥居は色あせて、もう朱色の美しさは全くない。滑らかな木の本来の色。
 その奥は、深すぎる霧のせいで何も見えない。

「ホントにどこ?」

 周りを見回そうにも、生きているように霧が急に立ちこめ、二、三メートル先が
限界だ。

「……コワイ。
昨日やっぱり『恐怖体験・地獄からのメッセージ』なんて見なきゃよかった!」

 やだよ、ここ。
 リアルホラーだよ。こわいんですけども。

「そうだ、地名チェック」

 足が震えたりの症状は出てないけど、案の定相当動揺してるっぽい。
 こうやって実況中継してるのは沈黙と静寂が怖いからであります、隊長。
 隊長って誰だよ!

「なんて、一人ノリツッコミしてる場合じゃない。駅名、地名……」

 表記、入口神社前。以上。

「どこ!?」

 普通、その駅の所在地住所も載ってるでしょー!?
 わけ分からないから! ってか真剣に怖くなってきました!!

 ――リィン……。

 高く澄んだ鈴の音ともに、視界の一部を何かがよぎった。

 こわっ!
 絶対アレだよ、振り返ったら赤い服の髪の長い女の人が立ってたりするんだよ!
ホラーだとそういう法則になってるもん、振り返ったらこれ終わりなり、的なさ!
 
 だけど何かが動いたのは前方だったので、様子は見よう。
 じっと目を凝らせば、神社の鳥居をくぐり、石段を登る人影が見えた。

「人だ!」

 よく考えれば危ないのかもしれないけど、この場所に留まるなんてまっぴらだ。
何故かは分からないけど、さっきから霧がどんどん濃くなってきて、足元すら霧の
中に埋もれている。まるでドライアイスをたいたなかに足を踏み入れているよう。
 さらに鳥肌も収まらない。
 霊感も第六感もない私だけど、だからこそ非常に恐ろしい。
 お腹が冷えてるんでも、他に理由があるんでも、どっちにしろ此処にいるのは危険
だ。まあ、危険の意味合いは変わるけど。

 だから、その人を追いかけた。
 
 
 
 どうにか石段を持てる力を出し切るように上って、前の影に近づいたのは、大分
地面から遠くなってから。

「やっぱり人だ!」

 遠いけど、前方の人には足もあるし、変なものも持ってない。
 不思議な型の和服が気になるけど、それ以外はただ、淡々と足を進めてるだけ。
 さっきの駅みたいな嫌な感じはない。
 まあ、自分の勘ほど当てにならないものもないけど(だって勘の良い人間だっ
たら、もっと輝く人生を送れてるんじゃないだろうか? 少なくとも今、こんな所
に佇んではいないはず)、この場合は他によりどころもない。

「すみませーん! あの、道を尋ねたいんですけど!!」

 大声で叫びながら速度を上げる。
 ついでに心臓も音をあげる。運動不足ってこわい。

「すみませーん!!」

 前の人は全く止まってくれないけど、それでも距離は先ほどより縮まってる。
 もしかして速度は落としてくれたんだろうか?
 気をよくして、足に活を入れつつ石段をさらに上へ上へ。
 
 あんなに霧が濃かったのに、石段の周りだけは霧がほとんどない。
 しかも、前の人の歩みに連れて、石段の両脇にある(今気づいた)石の灯篭にも
暖かな灯りがともっていく。

 ……これは電子センサー、センサー、センサーさ!

 できるだけ横を見ないように上を目指すと、再び鳥居が見えてきた。
 先程とは違い、今度は朱色に飾られている。
 前の人は石段を上り終わり、そろそろ姿が見えなくなる。

 やばい!

 前の人に距離を置かれないよう、ますます速度を上げ、足がパンパンになりつつ
石段を上り終える……と。

「!?」

 最上段の鳥居を越えた瞬間、パチッと体中に軽い電気が走った。
 とにかくあの人を探すと、その人は古いけどどっしりとした社の中へ入っていく
ところだった。
 このまま行かせてなるものか。

「すみません!!」

 とにかくダッシュしてその人の下に駆け寄った。
 振り向かせようと右肩に触れた。

 バチンッ!

「ぎょわあぁ!」

 痛い!
 何今の!?
 
 その人の肩を掴んだ瞬間、静電気とかそんなもんじゃない電気が走った。
 触れた腕、身体、足のつま先まで電流が流れた、そんな感じ。
 人生でこんなに電撃くらったのは初めてです。
 どうせくらうなら、恋の相手が良かった。これが恋? とか言ってみたかった。

 どうやら相手にも相当の力が働いたらしく、初めてこちらを向いた。

「……」
「……誰、お前」

 振り返ったのは、驚くレベルの美形だった。
 男性的な美形ではなく、性別の中間にいるような美人。
 うん、美人の方が見惚れるよね。
 色白。青みがかった短い、さらさらの黒髪。線の細い、でも触った限りでは硬い腕。
 鍛えてますなあ。
 年の頃はどうだろう、二十代の前半も後半にも、三十程にも見えるし、かと思え
ば十九ほどの少年と青年の間を行き来するような歳にも見えて……。
 こんな不思議な人は初めてだ。

「……」(じっ)

 おっと、つい芸術鑑賞を……。睨んでる睨んでる。

「あの、私電車で寝過ごしちゃって、気が付いたらここに来てたんですけど、ここ
どこですか? どうすれば大きな駅に行けますか?」
「……」

 美人より自分。今の変な状況を抜け出す方法が第一だ。

「……無理」
「はい?」

 前方の美人さんは、ぼそりと呟いた。

「帰れない」
「ちょ、ちょっとそれどういうことですか!?」

 いくら美人の言葉でも素直に頷けない言葉だ。世の中顔じゃない!
 彼は(多分彼だ)それだけ言うと再びこちらに背を向けた。その先には、という
か、社の中には、キレイな木材でできた小さな台と、その上に安置された大きな円
形の鏡しかなかった。
 とにかく、それだけで納得できるかってんですよ。

「それだけじゃ分かりません! ちゃんと説明を――」
「……身体」

 私の言葉をさえぎるように、彼が言葉を続けた。極端に口数が少ないせいか、彼
の言葉には他の何よりも耳にはっきりと届く。

「その身体じゃ帰れない」
「身体って……それっていくらなんでも失礼です」

 そんな大それた身体じゃなくても、人として逸脱はしていな――
 でも、自分の身体を見下ろして思考が止まった。

 透けてる。

 私の身体の向こうに石畳が見える。
 私の足の向こうに草が見える。
 雑草は、私の靴を突き抜けて、その葉先を宙にそよがせている。

 ナニ、コレ……?

 「なんでええーーー!?」

 マジで何ですかコレは!!!
 おい、誰か答えなさいっての!!!!

「……煩い」
「ちょっと黙ってて!!」

 彼の眉間に軽く皺がよるのを見たけど、今はそれどころじゃない。
 自分はどうなってしまったのだろう!?
 幽霊? 半透明? 透かし??

「そんなに帰りたいなら、かえしてやる」
「え?」

 自分の透けた足元を見ながらごちゃごちゃ考えていた私の頭を、彼のことが再び
停止させた。
 顔を上げれば、その薄い青色の瞳を細め、口角を上げて微笑する顔に出会った。
 妖しく笑う彼は続ける。

「お前が望んだ。かえること」

 嫌だ。
 コワイ。何……そんなの分からない、でもコワイ。
 
 私は、身体の謎もこの場所も、さっきの駅の怖さも忘れて逃げ出した。
 彼に背を向け、必死に走り出した。

「特別に叶えてやる、その願い」

 声だけが、私を追いかけてくる。
 ああ、やっぱりこんな場所にろくな人間なんていない!!
 やっぱりホラー話の法則を信じときゃよかったああ!!!
 ホラーな人の怒るポイントは分かりゃしないわあああ!!!!

「かえれ」

 一際耳に響く声を聞いた後、石段をおり始めた私の前に札のようなものが飛んで
くる。
 ちょ、目の前に出てきたら前が見えな――


「還れ」


 彼の声に応じて、札が光る。
 待っ――そんなことされたら視界が――

 保てない。

 足が滑る。
 体が傾く。
 私はあまりにも高い位置で、石段から、落ちた。




「……やりすぎた、かも」

 誰もいなくなった神社で、彼は呟く。
 彼は沸点が低すぎる。
 セリフはいかにも反省してるようだが、実際はそんなこと微塵たりとも、いや、
一ナノメートルたりとも思っていないに違いない。

「まあ、来世は幸せに」

 とりあえず、相手の不憫さだけには同情してはいるようだ。
 すぐに表情を戻して、彼は鏡に向きを変えた。
 
 その鏡に触れようとしたら、鏡に顔ができた。

「……」

 外見では分かりにくくとも、彼は驚いた。

「う〜ら〜め〜し〜」

 心底彼に対して立腹した女の顔は、先ほど彼が消したはずの人間だった。

「いきなり何すんの!? あんなところであんなことされたら、転げて首折って昇天
するっての! 分かってんの!?」
「………………なんで」
「ああ!?」

 私は、立腹していた。いや、激昂。

「何故、いる?」
「知るか!」

 本当に、私は何も知らない。
 階段から滑って死ぬかと思いきや、頭を打っても痛くはないし、額に貼りついた
札が光ったと思えば、次の瞬間には彼の頭上にいた。というか、浮いてた。
 よく分からなかったが、とりあえず彼の様子を眺めて、一行動する前に引き止め
ようとしただけだ。

「……まさか」

 彼は右手をひじに当て、眉間に皺を寄せて考え込む。
 何やら思い当たる節があるようだ。
 とりあえず私は、少なくとも彼を驚かせることができたので、まあ一応は気が
済んだ。別に怪我をしたわけではないし、寿命が三秒くらい縮んだ程度だったし。
 
 しばらくすると、彼は大きく肩を落とし、ため息をつき、呟いた。
 その声のトーンは重すぎて、声が目に見えるものなら、間違いなく、地面にめり
込んでいただろう。


「憑りつかれた……」 




 彼の、尋常じゃない落ち込みように、胸がすくような思いがしたのは気のせいじゃ
ないし、そのくらいの権利はあるはずだ。
 致し方なし。

「……あぁ、久しぶりに饅頭が食べたいとか思うんじゃなかった……。大人しく
腐りかけの雛あられで我慢するんだった……」

 あれ、何その居たたまれない後悔の仕方。
 雛あられって、季節外れもいいとこだよ。
 そんな、哀れな彼の姿は、心なしか先ほどよりも小さく見える。

「……」

 違う。
 『見える』んじゃない。

「小さくなってる!」

 先ほどの彼一八五はゆうにいく長身の人だったのに、今の彼は一六〇も半ば程だ。
 年齢だって十八位。

「えー、マジック……?」

 近くにマリックはいるの!?
 しかし当然のことながら、ココには私と彼しかいなく。ついでにそのもう一人は
相変わらず失意のどん底にいるようだ。
 美形が落ち込んでいるのを見続けているのも忍びない。なんか、その一因は私に
あるらしいし。
 
 とりあえず彼の背中をとんとん、と叩いてみた。
 でも、透けた。

 軽くショック。
 
 それでも彼は多少感覚があったらしく、じっとりと私を見てきた。

「悩んでても仕方ないか……行くよ、半透け」
「誰が半透けだ!」

 ツッコミをするも彼は無視し、目の前の鏡に手を触れた。
 刹那、身体が急激に引っ張られる感覚が走る。
 もの凄く強く。それこそ掃除機で手が吸われたりした、あれの全身版。

「や、ヤダーーーー!!!!!」

 踏ん張る努力もむなしく、私は鏡に吸い込まれていった。
(まあ、もともと何かに触ったりできないから、抵抗の仕様もなかったけど)





 ペッ

「がふっ」

 吐き出される、まさにそんな言葉がよく似合う音とともに、私たちは鏡から出さ
れた。
 宙に浮けるくらいなんだから、ホントは華麗に着地できるはずなんだけど、私は
まだ初心者なため、人間のように顔で不時着。

 ……人間の『ように』?
 いや、私は人間だ。

「こっち」

 彼はちゃんと着地できていたらしく、私に声をかけただけでさっさと歩き出した。
 慌てて私も着いて行く。

 鏡を抜けた先は光、輝く森の中。

「わ……」

 森の匂い。
 すごい。何だろう、この清涼空間。
 心地よい涼しさ。
 横目で彼を失わないように追いかけつつ、周囲を見渡す。
 緑しかないのに、ここは色鮮やかだ。
 そういえば鏡の向こうは夜だったのに、ここはどう考えても昼だ。
 どうなってるんだろう?

「着いた」

 彼が指差したのは、森の高台にひっそり建った一軒の日本家屋。
 私の立ち位置からは、縁側と、そこから続いた畳の間。軽く見た限りでは、そこ
にある家具は小さな文机だけ。障子で奥に何があるかは分からない。

「中へ」

 そう言うと、彼は縁側からそのまま中に入ってしまった。
 私は、どうしようと迷った。
 だって、幽霊状態になっている以上、靴を脱ぐ必要はないのだろうけど、さすがに
畳の上に土足で上がるのはとても気が引ける。

「……何してんの」

 せっつかれても……。
 まあ、迷ってても仕方ないか。とりあえず靴は試してみて……

「あれ?」

 脱げた。
 わービックリーとか思って顔を上げたら、彼も同様に驚いているようだ。
 目が通常時より開いているからきっとそう。

「……おかしいな……どうして……そうか、まだ完全じゃないのか……」

 彼はさておき、靴も脱げたので遠慮なく家に上がる。
 彼はすでにどこからか取り出したのか、白い、やわらかそうなお饅頭を机にのせ
て食べる気満々だ。
 少なくとも手は洗うべきだと思う。

「あの、そろそろ説明してくれません?」

 こういうタイプはどんどん説明を先延ばしにした挙句、忘れるんだ。

「……面倒……だけど、後にするのも嫌だから説明しておく」

 心底面倒な様子で始めた、彼の説明はこうだ。

 私が降りたあの駅は、この地と、私たちの住む地をつなぐ中間の場所。この地は
鬼界、人の住む地は地界と便宜上呼んでいて、人間は鬼界にはこれないはずだが、
たまに私のような、僅かでも鬼界と波長の合う人間は、稀に紛れ込むことがある。

 私の場合、合う波長が本当に僅かだったため、波長の合わない体は鬼界には入れ
ず、魂だけが歩みを進めたのだという。

「それって、幽体離脱?」
「……それに近くはある」
「ん? じゃあ、私の身体ってどうなってるんですか?」
「……あとで探しとく」
「いや、だって私が体に戻れば、万々歳ですよね?」

「……戻れない」
「え?」
「今のままじゃ戻れない」

 戻れない!? うそでしょ!?

「どうして!」
「……お前が、俺に憑りついてる以上無理」
「だから、何が『無理』なんですか! というかまずなんで私があなたに憑りつく
ことになったんですか!」

 私は誰かに憑りついたりなんてできないよ!

「……最近は警戒を強くしたから、多少波長が合っても、ここに紛れ込むなんて、
あり得ない。でも、お前の場合は……」

 そこで言いよどむ。気のせいか視線も少し泳いでいる気がする。

「私の場合は?」
「……お前の波長が合ったのは、鬼界じゃない。多分、俺」
「…………は?」
「だから、俺と一緒にあの駅で降りられたし、攻撃を受けて憑依した。多分間違い
ないはず――」
「そこのところ! ……もう少し詳しく!!」

 先ほどは淡々と。今はやや気が引ける様子で説明してくれた。

 波長が合うというのは、相手の発する波を受けてしまうということらしい。
 私のような力のない人間は、自然と異なる者に照準を合わせてしまう。だから、
人間は見えないはずの彼の姿が見えたし、彼の気配が強い『あの駅』を、普通の駅
のように使ってしまった。

 そして、私のことを単なる幽霊だと思っていた彼に攻撃された際、私はとっさに
遠くの自分の身体より、近くにあった彼の中に入り込んでしまった。変に波長が合っ
てしまったせいで、彼の魂と混ざってしまった部分ができた。
 だから、その融合部分をどうにか解かないかぎり、私は彼から離れることができ
ない。(事実、彼から五メートル位以上離れられなかった)

 憑依されたのは感覚で分かったので、後は彼の予想らしいんだけど……。

「つまり、あなたが攻撃しなければこんなことにならなかったんじゃ……」
「…………」

 明らかに彼が黙り込んだ。

「おぉい! どうりでさっきから妙に親切だと思ったよ! 性善説を信じた私が
馬鹿でしたー!」
「……だから、ちゃんと元の状態には戻すし、身体も保存しておく。……それが
境師(サカイシ)としての誇りだし……」

 ああ、やっぱり私のためじゃないんですねー。

「(……それでも、)じゃあ、よろしくお願いします」

 頼れるのはこの人だけだから。
 ……多少、八つ当たりしたい気持ちはあるけど。

「……なぜ」
「?」
「そんなに落ち着いていられる? 俺は人ではないし、ここもお前の世界では
ない。お前自身だって……」

 全て言わずに彼は口を閉ざしたけど、彼の言いたいことは分かった。

「私はただ――混乱してるだけなんだと思う」

 情報量が多すぎると、処理できずに混乱するって言うけど、まさに今の私がそれ。
 頭では何一つ消化できていないし、事態にも追いついてない。
 だから怒りも悲しみも、何だかやってこない。
 たった一つだけ……彼が絶対戻してくれると言うのだから、それに頼るだけ。


「まあ、混乱から回復したら、怒鳴るよ」
「…………それで、気が済むのなら」

 何となく、このことに関しては、彼は信用できると思う。

「そうだ、私の名前は――」
「いい」
「?」
「名前には、名づけた者の想いも、お前の魂も込められている。この地の者に名を
呼ばれれば、それだけお前がこの地に縛られる。……名は、明かさない方がいい」
「……」
「俺はヤシロ。……できるだけ、急ぐから――シラネ」
「しらね?」
「お前の仮の名」

 『シラネ』
 何だか私の名前とは全然違う音だけど……。


「……よろしく、ヤシロ」

 これが、私とヤシロの出会いであり、シラネの話の始まりだった。
 


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